第2回 人生ビルドアップカフェ報告
第2回の人生ビルドアップカフェを、3月29日(金)18時45分より千代田区役所の9階にある、千代田図書館研修室で開催しました。
議題は、『死について』と『よりよく生きるとは』。
この議題は第1回目のカフェで議論した内容の継続で、第1回目のなかでキーワードとなったものです。
このように、人生ビルドアップカフェでは、毎回違ったテーマではなく、できる限り継続性を持たせて対話などを行っていきたいと思っています。
対話概要
対話は、「死について」と「よりよく生きるとは」という2つの議題を、両者の関係性や結びつきなどを詳らかにできればと並行して対話しました。
各々、いろいろな意見がでましたが、そのなかで主なものは以下のとおり。
○ 「死」と「よりよく生きる」ということに関連性はあるか。何人かの偉人は、自分
の死を意識することで、残された時間を有意義に生きていこうという意識が芽生えた
と言っているが、それはあたっているか。俗にいう「死生観」を持つことは、よりよ
く生きることにつながるのか。
この問いに関しては、いまのところ何とも言えず、まずは関連付けずに各々を考え
ていくことになった。
○ 「死」について、「死後の世界」を信じるか信じないかによっても、よりよく生き
る内容は異なってくるのではないか。「死後の世界」を信じている人間は、現世だけ
ではなく、命はずっと継続する前提で生き方を考える可能性がある。たとえば、京セ
ラの創業者である稲森和夫氏は来世を信じており、現世での生きる目的は生まれた時
よりも少しでもきれいな魂をもってあの世に行くとしている。
しかし一方において、「死後の世界」はないと考える人も多く、少し前に亡くなっ
た物理学者のホーキング博士は、死後の世界を完全に否定している。
結局、この「死後の世界」はあるとも無いとも言えず、また立証することも現時点
では不可能である。よって、まずは「死後の世界」については触れずに、万人が納得
できる確定事実である、「死は誰にも訪れる」「死ぬまでは生きている」ということ
に立脚して、対話を進めることになった。
○ 「よりよく生きる」に関して、次の2つの心的態度が必要ではないかという意見。
①肯 現状に感謝する。
②否 現状に不満を持つ。
↑
一見すると正反対に見えるが
↓
①肯の「現状に感謝する」ことは、たとえ今がどのような状態であっても、感謝す
る心を持つことで、今を受け入れることができる。
②否の「現状に不満を持つ」ことは否定的に思えるが、現状を満足しないことでさ
らに発展していこうとする原動力が生まれ、その人を向上させる。
↓
①、②は正反対の心的態度であるが、しかし両者ともその人を向上させるのに資す
るものであるといえる。(しかし②については、否定的ではなく、肯定的に使われ
る必要がある)
○ 「よりよく生きる」ことに関して、次のような意見も出た。
「自分の意志(意思)を自分の望むように発揮することが「よりよく生きる」こと
につながるのではないか。
さらには、人間は群れを作る生き物、社会性を持つ生き物である以上、その意志は
他人との関係をベースに成り立つものであるのではないか。
↓
「世の中の役に立つ」という価値観が生まれ、それが「よりよく生きる」というこ
とにつながるのではないか。社会の中でどう生きるか。
○ 「よりよく生きる」という言葉は、人が他人の生き方を見て「あの人はよりよく生
きているな」といったときに使われるものであり、自分が自分の生き方を評価する時
には「納得して生きいているか、いないか」といった表現になるのかもしれない。
○ 「よりよく生きる」ことばかりに意識が走ってしまうと、今を否定し、さらには自
己を否定する危険性もあるのではないか。
○ 世の中には運命はすでに決まっているとする「運命論者」と、自分の人生は自分で
切り開くことができると考える「自助努力論者」とがある。前者は人間はすでに固定
され変化しないものと捉え、後者は逆に人間は変わることができると考えると言える
のかもしれない。
など、など。
上記のようなさまざまな意見が交わされました。
しかし、いまだ「よりよく生きる」がどのようなものを指すのか、どのような状態になったときにそう感じることができるのかは詰めることは十分にはできませんでした。
よって次回以降も継続して「よりよく生きる」ことについて対話を重ねていきます。
また、今回の対話の中で「よりよく生きる」に関して、「自分の意志」という言葉が出ました。この「自分の意志」と「よりよく生きる」との関連性も重要である可能性があります。
さらには、「死」と「よりよく生きる」との関連について、今回はあえて結び付けませんでしたが、社会で活躍しているキーパーソンや歴史上の人物のなかにも、「人生を有意義に生きたいのならば、自分の死を意識しろ」「自分も死ぬのだということを悟ってから本当の人生が始まる」といった趣旨のことを言及している人が何人もおり、やはり「死」と「よりよく生きる」との関連性は無視できない可能性があると思われます。それは一般的に「死生観」とう言葉で表現できるかもしれず、いずれ俎上に載せる必要性はあると思います。
※ 今後、対話内容に合わせて、書籍やその一部(コピー)を使用するかもしれませ
ん。
次回のカフェは4月中旬か下旬を考えています。また「こくちーず」などを通じて告知させていただきますので、興味ある方は是非ご参加ください。